エジプト🇪🇬旅行の番外編として、エジプト国立文明博物館の地下で受けた衝撃の体験を付け加えずにはいられません。
王家の谷近くの隠し場所から大量に発見されたという二十数体の王、王妃のミイラを中心にココに安置されています



噴水⛲️広場の様に設計/デザインされた地下のミイラ展示室へのアプローチ。
色とりどりの古代エジプトの象徴がグルグルと回っていきます
現地ガイドのハマちゃんが、見るべきミイラのディスプレイ番号#を王名と共に教えてくれました。
必死にメモ📝帳に写して、カミさんと巡って行きます。
番号については非公開なので、その時の書き取りと私こ雑感メモが頼りです。

入口の説明板
https://nmec.gov.eg/mummies-gallery/
Mummies Hall
The Royal Mummies’ Hall is designed to display the mummies of the ancient monarchs of Egypt. The design aims to give the visitor the feeling of strolling down the Valley of the Kings, where most of these mummies were originally resting. The hall includes 20 royal mummies, 18 kings, and 2 queens, from the 17th to the 20thdynasties.[5]
確かに王家の谷の地下墓を巡っている様な感覚になりました。
王家の谷で見たツタンカーメンのミイラでも思いましたが、多くのミイラの保存状態の良さに驚きます。
なんか寝てるだけで、「おーい、起きてください😗」と声かけたら起き上がりそうと言うと大袈裟ですが、ミイラ作りがこんなに長く続いたのは死体の保存方法として「永遠の生」を信じられるぐらいの状態を1000年保てたから、当時の1000年後の
写真撮影厳禁🚫でしたので、私的に撮影した写真を載せる事は出来ませんがAIが集めてくれた写真と、拙い印象を記していきます
#4 トトメス1世


なんか人の良いおじいちゃんが、極楽浄土に渡った感満載の、トトメス一世のミイラ。
生きてるとまでは言いませんけど、最近亡くなったお爺ちゃん感が出ているのはホント、凄い。
3000年以上前に生きてた人物❗️
#6 ハトシェプスト女王


https://en.wikipedia.org/wiki/Hatshepsut
古代エジプトの女傑。男装の女王もミイラに成り果てぬ。
永遠の生命を求めて。。。
男はミイラになるというメンタリティ、何となく解る気がするんですが、女性がミイラになって骸を遺すという心持ち・美意識って中々シュールなんですけど、個人的には😇
#7 トトメス3世


https://en.wikipedia.org/wiki/Thutmose_III
スミマセン、ミイラとしての保存状況なのは分かってますが、原人の図を彷彿とさせますね。
右の端正なマスクからすると、まるで別人。
前半は女帝ハトシェプストとの共同統治。
晩年は息子のアメンホテプ2世との共同統治。
異民族を封じ込めた強い王として歴史に名を
#8 アメンホテプ2世


トトメス3世を引き継ぎ、強い権勢を保ったとされてますが、体躯も以下の通り、当時は巨人レベル?
威圧感ある「王の中の王」だったのかも知れません。。。
同王のミイラは(中略)身長183センチと、現存するファラオのミイラの中では最も長身とされている。
#10 Queen TIYE(アメンホテプ3世王妃)



ツタンカーメンの祖母でもあるティイー王妃。
https://en.wikipedia.org/wiki/Tiye
このカーリーヘアの保存状態よ❗️
この胸像のちょっと勝気なお姉さんっぽい雰囲気をミイラがそのまま残していて趣深い。
基本情報
• 王名:Tiye(ティエ)、正式には「偉大なる王妃ティエ」など。
• 生年:紀元前1398年頃(推定)。
• 没年:紀元前1338年頃(推定、60歳前後)。
• 出身:上エジプトのアクミニ(Akhmim)出身。父はユヤ(Yuya、軍事指揮官・神官)、母はトゥヤ(Thuya、またはTjuya)。両親は非王族ですが、高位の貴族で、ミイラが非常に保存状態良く残っています。
• 夫:アメンホテプ3世(在位:紀元前1390年頃〜1353年頃)。
• 子:少なくとも7人(息子:アクエンアテン(元アメンホテプ4世)、トトメス(早逝)、娘:サタムン、ヘヌトタネブ、イシス、ネベタなど)。孫:ツタンカーメン(アクエンアテンの息子)。
非王族の王妃として異例の影響力を発揮していたという。
#11 セティ1世
ラムセス二世の父。
息子があまりにも有名ですが、本当の名君はセティ一世みたいな解説も見ますね。。。



それにしても恐るべき保存状態であり、実際にすっと起き出してくるのではないかと思うぐらいの印象を現地でも持ちました。。。
#12 ラムセス2世



復元CGはラムセス大王@ラムセス大王展のもの。
こちらはエジプト🇪🇬旅行の興奮醒めやらぬ中、展示終了ギリギリの新年二日に家族で行ってきました(^^)
そちらはまたの機会にゆっくり。
他のミイラ比で、確かに恵体なんですよね❗️
一回り以上って感じ。
伝説の戦士としての強大さは尾鰭がついていたとしても、高齢で亡くなったミイラとは思えない、確かな豪傑感を感じます。
最後は人間😂なら、白髪だったであろうと思うところ、金髪なのは何故だろうとも思います。。。
Grokセンセイに尋ねれば
170cmで少しミイラ化で縮んでるので173cmだと。
群を抜いて偉丈夫だったのは確かの様です。
金髪については、赤毛家系だったが白髪に化学物質が変色してこの様な結果になったそうです
#13 メルエンプタハ (Merenptah)ラムセス2世の息子


血は争えない❗️
本当に似てますね。
こんなに特徴を残して3000年以上の時を超えて存在する「ミイラ」文化、畏怖すべしです。
#16 ラムセス3世


こちらはラムセスでも、血縁がない筈のラムセス3世さん。
上のメルエンブタハを見た後、見るとなんだか、血縁関係を感じてしまうのは不思議です。
#17 ラムセス4世


ラムセス4世のミイラは、1889年にKV35号墓で発見された。ミイラの状態は良好で、身長は160センチ。
顔や身体の形を保つため眼窩にはタマネギが、腹部には乾燥した苔状の物体が入っていた。
王墓については王家の谷で見学させて貰いましたが、160cm、ラムセス二世と比べたらかなり小柄に見えますが、それでも当時のエジプト人からしたら大柄だとか。。。
#20 ラムセス9世


ラムセス9世のミイラはGrokセンセイは調子悪いのか、引っ張り出せず、2019年のエジプト博物館(当時)のFacebookから見つける事が出来ました。
(解説は以下)
Mummy of Ramesses IX
Ramesses IX was probably a grandson of Ramesses III. He ruled for nineteen years approximately, died at the age of 50 and was succeeded by Ramesses X.
He was buried in tomb (KV6) in the Valley of the Kings, West Thebes, his body was removed during the 21st Dynasty and was discovered in the Deir el-Bahari cache (“DB320”), lying in one of the coffins of Neskhons, wife of the High Priest of Amun at Thebes, Pinedjem II.
The body had suffered considerable damage especially to the nose, which is missing; most of the skin is badly cracked.
ラムセス9世、死後一番、忙しなくぞんざいな扱いを受けたファラオだった様です
見学後。。。
兎に角、ほぼ地下でミイラだけを20数体見続ける経験って、絶対に世界でココしか体験出来ないし、それは想像を絶する「心に響く」経験でした。
建造物ではなく、生きていた、然もファラオと対面。
日本でも伝説の「神武天皇」がミイラでご対面出来たとしたら凄い事だよねと思ったりもします。
人類の歩み、属す文明は別ですが、リスペクトと畏怖の念を持ちながら、短い見学時間を呪いながら、一体一体🙏を忘れず、退室致しました。






















































































































































